小さい頃
父が「パチンコで取った」と言いながら、たまに10個くらいのチョコレートを持って家に帰ってきた。日頃あまり買ってくれないあこがれの高価なチョコレートを、袋いっぱいに詰めて帰ってくる父を尊敬したもんです。「きっとバケツに山盛りの玉を出したに違いない」と・・・・
今考えれば小箱(700発箱)に半分もあれば交換できる量だったんですけどね。まあどちらにせよ小学生の頃「釘師サブやん」を読んで、駄菓子屋の前においてあるパチンコで「天四本とブッコミが甘いから・・・」とか訳も分からず言っていた覚えがあります。(^_^;
しかしあのマンガも今読むと凄いものがありますね。読んだことのない方は是非読んでみて下さい。最後はサブやんが小さな店を開店するシーンで終わるのですが、その最後のカットが当時のパチンコ屋の雰囲気を良く出しています。
高校時代
最初にパチンコに行きだしたのは、高校生の頃(おっ、不良じゃん)でした。まあ高校生の使える金なんてたかが知れてますし、そのころはデジパチはおろか羽根モノもない時代でしたので、ちょろっと出しては煙草に換えたり(おっ、不良じゃん)していました。そのころ良くやっていたのがオール10やオール15の普通機。今やおまけ以外の何物でもない「天穴」がものすごく大事な場所だった頃です。(考えてみればパチンコの入賞口の中で唯一狙える場所ですよね)大体天穴に入ると左右や中央のチューリップが連動して開くようになっていました。中央のチューリップは上下二段になっているものも多く、先に上からはいると(下は閉じないが)とても損した気分になったものです。
浪人時代
本格的にハマリ出したのは浪人時代から。駅から予備校に行くまでに、パチンコ屋が3軒待っているという恵まれた環境でしたので、それこそ予備校にも行かずに毎日のように入り浸っていました。(お父さんお母さん御免なさい)
そんなある日、いつものように名機「ボクシング」を打ちに行こうと思ったら、何やら見慣れぬ台が・・・打ってみるとこれがまた面白いではないですか。(その時予定終了したせいもあるけど)それが私と「ゼロタイガー」の出逢いでした。
またこの頃登場したフィーバー、大当たりして死んじゃったじいさんがいたりして結構話題になりました。そのころは打ち止め制で、約一万個+打ち込んだ球数で終了でしたので、当たれば必ず元が取れて儲かるという良心的なシステムだったわけです。まあとはいうものの、1000円で十分遊べた時代に1万円打っても当たらない事のあるパチンコ台などおいそれと手を出せるものではありませんでした。
ですがそんな私も一度だけ、このフィーバーが大当たりしたことがあります。周りの人の羨望を浴びながら、ものすごく興奮していると、店員が今まで見たこともないような大箱を足下においてゆきました。これから手にするであろう特殊景品の数を夢見ながら打っていると、
あれれれれれれれれれれれ・・・・という間にVに寄らずに0パン!(第一ラウンドでパンク。羽根モノではままあるが)その日は悔しくて寝れませんでした。
平和「ゼロタイガー」
いまから考えると始動チャッカーに入ってから羽根が開くまでやたらタイムラグのある機種でした。羽根モノの元祖なのですが、個人的にはこれを越える羽根モノはまだないと思っています。一番気持ちのいい「直接V」や「バウンドしてV」など、とにかく楽しい台でした。西陣「レッドライオン」
派手なサウンドで人気の台でした。いつの時点でどこで拾った玉でもV入賞の可能性があるヤクモノが好きでした。三共「キングスター」
ゼロタイガーと並ぶ初期の傑作。不規則かつ速くて細かい羽根の動きと、鳴きの良さが魅力の台でした。この頃は当然10カウント規制などありませんから、「羽根が18回開くまでにVに入れば継続」というパターンだったわけですが、このキングスターはその18回が分かり難くて困りました。銀座「ジャンケン」
デジパチの出る前のこの頃、射幸心をあおりまくっていたのがこの機種。1000円で十分遊べた時代に1000円単位でみんな玉を買っていたくらいです。要はデジパチのようにチャッカーにはいると、上下3っつづつのランプが動いて、上のグー・チョキ・パーに下のグー・チョキ・パーが勝てば、(上と下のランプが左中右のうちの同じ所で止まれば)下部のアタッカーが30秒くらい開くというだけのものだったんですけど、絶妙なのはそのゲーム性。つまり最初は左右どちらかで勝つのですが、この時点ではまだ「入った」かどうかわからないのです。その後数回以内にまた勝つと「入ったかな」とだいぶ期待できます。そして最終的に中央で勝つと打ち止めまで勝ち続けるというものでした。2〜3回連続で勝って2000発近く出していても、中央で勝つまではいつパンクするかわからないというドキドキ感が魅力の台でした。その他
一発台の出始めもこの頃だったように記憶しています。最初に見たのはマルホンの「センターゲートイン」という台。そのころには珍しく一発台専用の機種だったと思います。後の名機スーパーコンビのような振り分け式ではなく、この当時の一発台は全て「一発必中式」でした。退屈なゲーム性と当たってからただ無為に過ごさなければならない15分程度の時間が嫌いであまりハマルことはありませんでした。(単に貧乏人だったからという噂もある)
プー太郎時代(今もか?)
相変わらずハネモノが好きで良く打っていました。但し10カウント規制が出来て、ゲーム性が大きく変わりつつあったのも事実です。デジパチも終了制からアタッカー15秒規制になり、遂に10カウント規制までしかれていわゆる「1300発機」の時代になりつつありました。
平和「ビッグシューター」
いわずと知れた名機ですが、貯留という概念を始めてハネモノに持ち込んだ機種でもあります。旧要件機だけで3種類ありますが、私は初代のものが一番好きです。そういえばハカマが6本釘なのもこれが初めてじゃないか?平和「弁慶」
何てことはないハネモノなのですが、「ハネモノで人気が出るのは、Vゾーンに玉が入る様が入るのが良く見える機種」という私論を証明したような機種でした。ニューギン「ポップアート」
ニューギンの遊べるハネモノシリーズのトップを切った機種。「恋人がサンタクロース」をBGMにしてあるくらいで、特に変わったことも、どこが面白いというわけでもない台でしたが、ものすごく好きな機種でした。三共「フィーバー」
いわゆる初代のタコフィーバーなのですが、15秒規制がしかれた頃、777を5回に1回はボタンで狙えるということを知り、ハマリまくりました。この機種はドラムで777を揃えても上のデジタルの抽選があって、そこが7でないと大当たりにはなりませんでした。(その代わりアタッカーが15秒間開くので玉持ちはよかった)微妙なタイミング押しでしたので勝率はそれ程上がりませんでしたが、何よりも自分の「腕」で出したという満足感がたまりませんでした。マルホン「ニュークラウン」
1300発機の頃=攻略法花盛りの時代でした。この頃はホールにお金が落ちていて、その拾い方も少し難しいパズル程度で、誰もが攻略法を考え出す事の出来たいい時代でした。そのころパチンコをやっていた人には必ず得意としていた1300発機があると思いますが、私の場合はマルホンのニュークラウンでした。初期の「クラウン」は平和のブラボーと同じ内容だったのですが、ニュークラウンはマルホンのオリジナル機種でした。この機種は非常に規則的なデジタルの動き方をし、右デジタル−左デジタルの値が一回転毎に1つずつ増えていくというものでした。つまり10回転に1回左右のデジタルが同じ数字になるということです。ストップボタンを押すと、50%の確率で左右のデジタルの関係がそのままで中デジタルだけが+5されます。つまり大当たり後、二回ボタンを押すと25%の確率でダブルにすることが出来たわけですね。(777→494→555 というように)リーチ目は160・261・372・483・504・605・726・827・948この目を出すためにボタンを押したり押さなかったりしてデジタルを回して行くわけですね。なんせ出玉が1300発なので大した儲けにはなりませんでしたが、自分の腕で出せるパチンコとして毎日のように打っていました。ただそのような美味しい台をホールがそのままにしておくはずがなく、次々と新装ではずされ、残っていた店も釘はがちがちに閉まり、大当たり終了後に保留玉が一つもないということもざらでした。
不定期社会人の時代
1300発機の時代が終わり、2000発機の時代になるにつれ、攻略法もなくなり、私もしばらくパチンコから遠のいた時代がありましたが、再び熱中する時代がやってきました。そうです。デジパチ連チャン機時代の到来です。(^_^;
連チャン機の火付け役ドンスペシャルは何故か私の地元では設置されず、一度も打つ機会がありませんでした。この頃の三共(あ、この頃SANKYOに変わったんだっけ)はデジパチはおろか権利ものからハネモノまで全て連チャンさせてしまうという勢いでしたね。それに対して最大手平和は、「連チャンする機種もあるけど、狙えないよ」という安全志向でしたね。連チャン機にとりつかれた日々でしたが、ハネモノも依然と好きでしたので良く打ちました。
SANKYO「フィーバーレクサス」
レクサスシリーズ。「V」「VII」「VI」「VI-D」とどれも名機でしたが、その中でも高確率高連チャン率を誇る「VI」「VI-D」がお気に入りでした。「朝一」「単発」「アタッカー」という3つの誓いは打ったことのない人にはさっぱりわからないでしょうが、そのころ多くの人達は朝から「処女台」に座り、デジタルがまわる度に打ち出しをやめ、ひたすら当たりが来るのを待っていたんです。レクサスシリーズは回転中にリーチがかかる可能性があるかどうかが判別できたため、それ程単発打ちは苦になりませんでしたね。そういえばどうでもいいことですけど「VI-D」の大当たり時の音楽はパチンコの音楽にしては珍しく3拍子でした。(^_^;SANKYO「フィーバーボルテクス」
レクサスシリーズの次にはまったのがこれ。大当たりしてからアタッカーが開くまでの間に始動チャッカーに入った玉は高確率で連チャンというシステムでした。マルホン「キャスター」
大連チャン機の極みとも言える機種でした。狙い方自体は単純だったのですが、「保留を4つ全部付けてそれを自然消化し、最後の最後で大当たりさせる」という条件的に厳しいものでしたので、何回も挑戦したにも関わらず私が成功したのは、たった2回でした。但し一旦成功すれば4つめの保留玉を入れない限り連チャンという素晴らしいシステムでしたので、28連チャンなどという夢のような体験をさせてくれた思い出深い機種です。SANKYO「マジックカーペット」
新要件のフライングカーペットはどうしようもない駄作ですが、このマジックカーペットは名機です。(大体ビッグシューターにしろマジカペにしろリメイクされたものは全て駄作になってしまうのは何故だ?)今でもあの効果音と音楽が耳に焼き付いています。SANKYO「うちのポチ」
見かけのかわいさと裏腹に結構波の荒い機種でした。西陣「魔界組」
この頃から西陣のハネモノは「かわいい」路線に走り出したような気がします。波の穏やかなバランスのいい機種でした。西陣「パチンコ大賞」
結構波が荒い割には鳴きがいい(その分ヤクモノが辛い)ので好きな機種でした。西陣「スケボーキッズ」
始動チャッカーに入ってから羽根が開くまでの時間が長く、止め打ちが有効だという人もいましたが、結局一緒だったように記憶しています。しかしこの頃の西陣のヤクモノの開発パワーには恐れ入ります。太陽電子「ワイワイワイ」
その単純なデジタルの出目決定システムから、攻略法を生み全国津々浦々で「ワゴン車パンチパーマ軍団」に荒らされまくった太陽電子のデジパチ。その後対策機の「ワイワイワイ2」になりました。攻略法抜きにしても、いきなりデジタルがそろう(リーチアクションのない)小さめのデジタルは多くのファンがいましたね。多くの店では4000〜5000個終了でした。私も攻略法抜きにして好きな台でした。未だに現役な所があるのには驚きますが・・・太陽電子「タックル」
これにも攻略法が存在したのですが、攻略法自体が少し難しく設置台数も多くなかったことから、結構細く長く攻略法で稼ぐことが出来ました。
パチンコ店店員のアルバイト時代
この頃はパチンコで作った借金返済のために週に3日は専門学校で教鞭をとりながら、夕方と他の日はパチンコ屋で店員をするというとんでもない日々を1年ほど続けました。まだいまほどパチンコ店のイメージに明るさのない頃で、それなりに私にとっては超日常体験でした。そのお話についてはここ。
SANKYO「フィーバーフラッシュ」
その店で人気だったのがフィーバーフラッシュ。狙えないところてん方式の連チャンは、レクサスシリーズに夢中になった私にはとても面白いものとは思えませんでしたが、第一リールが必ず大当たり絵柄を出すように止まるドラムのおかげか、普通の人には人気の高い台でした。奥村「ドリーム」
デジパチの天地真理的存在。つまり、いま考えると何故あんなものがあんなに人気があったのかわからない台。という私も結構ハマったんですけどね。(^_^;
名古屋ではドリームWの方が主流でした。パチンコ店としては勝手によい波を作り出してくれる扱いやすい台だったようです。出玉も1300〜3500程度までおまけチャッカーまわりの調整で自在に出来ましたしね。平和「サイクロン」
平和のの一発台。1/50のデジタル振り分けのためボーダーラインの算出がしやすく、優良台では結構稼ぐことが出来ました。藤商事「メガトロン」
「目がとろん」と誤変換したので思わず笑ってしまいましたが・・・珍しい振り分け方式を持った台。センターヤクモノ内の始動チャッカーに入るとその下の舌べらみたいな入賞口が0.2秒間5回舌を出し、それにのれば権利発生(番面左右のチューリップが開く)というものでした。結構面白いゲーム性だったのですが、それ程人気は出ませんでしたね。
そしてその後
根っからのパチンコ好きですから、暇と金さえあれば行くという基本スタンスは変わっていないのですが、以前より「お金目当て」になりました。パチンコ台が変化したせいもあるでしょうが、とにかく「この台を打ちたい」という台が少なくなってきたのは確かです。またハネモノも打たなくなってきました。打たなくなったというよりは打つ台がなくなったといった方がいいのかも知れません。パチンコ屋にいってもハネモノは1シマだけ、しかもたぬ吉くんのようなギャンブル性の高い台しかないようでは、打つ気もなくなります。
SANKYO「フィーバーパワフルIII」
やはりこの台のゲーム性は凄いと思います。バランスのよい機種というのでしょうか?程良いリーチ出現率と大当たり確率、適度な波と連チャン率。オールフルーツのリーチの時に限って7で止まる憎たらしさが好きでした。(^_^;平和「黄門ちゃま2CR版」
CRの是非はともかくとして、「確変」という言葉を全国津々浦々、老若男女までゆき渡らせたのがこの台。スーパーリーチの地位を地に落としたのもこの機種ですね。(^_^;大一「ちんじゃらV」
全く相性の悪い台で負けてばかりいたのですが、液晶画面の中にクルーンを入れてしまうという方法には感心しました。負けても好きな台でしたね。